KATO 10-2220 24系25形 「瀬戸・あさかぜ」 6両増結セット 予約
型番 20260105018
定価 18,700円(本体17,000円、税1,700円)
販売価格

14,960円(本体13,600円、税1,360円)

購入数

 パンタグラフの装備ラウンジカ―、スハ25-300番台が特徴の「瀬戸・あさかぜ」編成。編成を組み替えて臨時列車なども!

10-2219 24系25形 「瀬戸・あさかぜ」 7両基本セット
10-2220 24系25形 「瀬戸・あさかぜ」 6両増結セット

 24系は、1972年に発生した北陸トンネル列車火災事故を受けまして、それまで増備をしていた14系14型を20系と同様に電源車による集中電源方式に変更して1973年に登場しました。
 当初は、14系14型と同様の3段式B寝台車の24系24型が登場しましたが、1974年からは3段式であった寝台を2段式に変更して居住性を向上させた24系25型が登場しました。
 これは、山陽新幹線博多延伸開業に伴う寝台列車の需要減を見越しての居住性改良を目的とした物で、同時に白帯はステンレス帯に変更されました。
 また、1976年以降に製造されたグループは更なる省力化のために上段寝台が固定式とされ、客室窓の上下寸法が抑えられたため、100番台と区分され、このグループは東京発着の九州方面ブルートレインに集中投入されたため、ブルトレの代表形式となりました。
 1975年鉄道友の会ローレル小を24系25型0番台が受賞しています。

 JR化前後からグレードアップ改造などが列車毎に行われまして、様々な派生形式が誕生しました。
 しかしながら、旅行形態の変化には抗えず徐々に寝台列車が数を減らし、2017年現在、定期運用は姿を消しました。

 「瀬戸」東京〜高松間と、「あさかぜ(3・2号)」東京〜下関間はJR時代初期は、JR西日本下関運転所配置の編成を共通運用していました。
電源車のカニ24の代わりにパンタグラフを装備したラウンジカーのスハ25で給電を行い、代わりの荷物室を装備したオハネフ25 300番台が編成中に組み込まれた個性の強い寝台列車です。これは、トワイライトエクスプレスにカニ24を転用するため電源車を確保するために行われました。
 「改造は、1989年に行われ、1990年から使用されました。
 スハ25 300番台は、ラウンジカー兼電源車としてオハ12を改造して登場しました。ロビー・シャワー室・サービスカウンターがあり、ラウンジルームは広幅の窓となっています。また、パンタグラフ2基と電源としてSIVを装備しているため側面のルーバーが特徴的です。2両が改造された後、1991年にオハ25 300番台から1両が再改造され、3両となりました。2005年「あさかぜ」廃止に伴い、運用がなくなり2008年までに全車廃車となり廃型式となりました。
 オハ25 300番台は、スハ25 300番台の電源関係設備がない仕様で、電源関連機器があるところがサロン室となっています。3両が改造されましたが、1991年に1両がスハ25 300番台に再改造されました。その後、1998年に「瀬戸」の285系化に伴い廃車となり廃型式となりました。
 オハネフ25 300番台は、スハ25 300番台連結に伴うカニ24の荷物室を確保するために3両が改造されました。従来の客用扉を荷物扉とし、引き戸とした他、荷重3tの荷物室が設置され、新たに客用扉が設置されました。また、200番台車と同様に引通し線が改造され、スハ25 300番台のパンタグラフ緊急降下用ジャンパ栓KE70が追設されました。また、荷物室は、業務室扱となったため、珍しい寝台荷物合造車としての型式変更は行われませんでした。2008年に廃車となり廃区分番台となりました。
 オロネ25 300番台は、オハネ25 100番台を改造した個室A寝台車で5両が改造されました。オロネ25 0番台と異なりシャワー室が設置され、個室のスペースも拡大されています。1998年の「瀬戸」285系化で2両が「日本海」1・4号に転用され2008年まで運用されましたが、2008年に「日本海」が減便され、JR西日本受け持ち編成の運用がなくなったため全車廃車となり廃区分番台となりました。

◆今回製品より側面の行先表示が印刷済みからシールへと変更になり、より一層遊びの幅が広がります。牽引機には同時発売予定の〈3061-A EF65 1000 後期形(JR仕様 グレーHゴム)〉や 〈3090-3 EF66 0番台 後期形 ブルートレイン牽引機〉がオススメです。

 「瀬戸」は、東京〜宇野(後に高松)間東海道・山陽本線・宇野線(本四備讃線・予讃線)経由の特急列車です。
 1950年に、東京〜宇野間で運転を開始しました。
 1951年に、一旦、単独運転となりましたが、東京〜大阪間で、東京〜大社間急行「出雲」と併結運転を開始しました。その後、列車名に「せと」が命名されました。
 1956年に、単独運転になると共に列車名が「瀬戸」となりました。
 1964年に、東京〜宇野間に急行「さぬき」が増発されました。
 1968年に、「さぬき」は、「瀬戸」に統合され、「瀬戸」は、2往復体制となりました。
 1971年に、1往復の寝台車に14系寝台車の使用を開始しました。これは、試作車による試験運用で14系寝台車が旧型客車急行編成に組み込まれた珍しい例です。
 1972年に、14系寝台車の運用が終了し10系寝台車に戻されました。その後、「瀬戸」は、特急に格上げされブルートレインの一員となると共に1往復運転となりました。使用車両は20系で、配置は品川客車区です。
 1973年に、食堂車が営業休止になると共にナシ20が編成から外されました。
 1975年に、受け持ちが品川客車区から基本編成が下関運転所・付属編成が広島運転所に変更され、「あさかぜ」2・1号と共通運用となりました。この際、食堂車連結は復活しましたが、非営業でした。
 1977年に、使用形式を24系25型に変更しました。このため、A寝台車の連結を終了しました。
 1988年に、瀬戸大橋開業に伴い、運転区間を東京〜高松間東海道・山陽本線・宇野線・本四備讃線・予讃線経由に変更しました。また、下り岡山〜高松間で立席特急券使用によるヒルネ扱を開始しました。
 1990年に、個室A寝台車・ラウンジカー連結が開始されました。
 1998年に、285系により電車化され、列車名は「サンライズ瀬戸」となると共に、東京〜岡山間で「サンライズ出雲」東京〜出雲市間との併結が始まりました。岡山〜高松間立席特急券の取り扱いが終了しました。285系は、0番台がJR西日本出雲運転区・3000番台がJR東海大垣電車区(出雲運転区常駐)に配置されました。
 1999年に、多客期の高松〜松山間延長運転を開始しました。
 2014年に、瀬戸内海国立公園指定80周年記念の一環で土讃線琴平まで延長運転が行われました。

■製品特長
 ラウンジカーが組み込まれた1990〜1991年頃の編成を製品化いたします。
 パンタグラフが特徴的なスハ25 300番台・A寝台個室のオロネ25 300番台・荷物室を設置したオハネフ25 300番台を再現いたします。
 オハネフ25 100番台は、非常時パンタグラフ降下指令用のKE70ジャンパ栓が追加された形態を再現いたします。
 オハネフ25 300番台は、追加された荷物室や増設された乗降扉、妻面に追加されたKE70ジャンパ栓受を再現いたします。テールライト・変換式トレインマーク(愛称表示)は、点灯式です。
 オロネ25 300番台は、特徴的な並びの客室側の窓や増設された水タンクを再現いたします。
 スハ25 300番台は、黒縁の外周が銀色の横長なラウンジ窓や多数のルーバー、パンタグラフ搭載による特徴的な屋根上を再現いたします。
 オハネフ25の機関車連結面側は、アーノルドカプラーを標準装備いたします。交換用ナックルカプラーが付属いたします。中間連結部は、いずれもボディマウント式密自連カプラーを装備いたします。
 1・7・13号車のオハネフ25は、テールライト、変換式トレインマーク(愛称表示)が点灯式です。7号車のオハネフ25 147は、消灯スイッチ付です。
 Hゴムは、オロネ25の窓全て、オハネフ25 300番台の愛称表示窓と客窓以外、オハネフ25 100番台の妻面監視窓2か所は黒色、それ以外は全てグレーで再現いたします。
 車体の帯の色は、オロネ25・スハ25のみ金帯です。その他は銀帯で再現いたします。号車サボは、印刷済です。側面行先表示は、白無地です。行先表示シールが付属いたします。
 トレインマーク(愛称表示)は、「瀬戸」「あさかぜ」「臨時」を収録いたします。
 基本・増結セット共に7両ブックケースを採用いたします。
 6両増結セットのブックケースには、牽引用の機関車1両を収納可能です。

■関連オプションパーツ
11-211/212 LED室内灯クリア/(6両分入)

 是非、カニ22以来久しぶりのパンタ付き客車を組み込んだブルトレ編成をEF66 0番台牽引で「あさかぜ」3・2号、EF65PF型牽引で」瀬戸」でいかがでしょうか?